「神の国」について その1

新改訳聖書』第3版のマタイの福音書12章28節に、次のように書かれています。
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28節
しかし、わたしが神の御霊(みたま)によって悪霊どもを追い出しているのなら、もう神の国はあなたがたのところに来ているのです。
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2行目から、「・・・もう『神の国』はあなたがたのところに来ているのです。」とあります。

 

「『神の国』はあなたがたのところに来ている」というのは、どのようなことであると考えられるでしょうか。

 

ルカの福音書17章20節と21節に、次のように書かれています。
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20節
さて、神の国はいつ来るのか、とパリサイ人たちに尋ねられたとき、イエスは答えて言われた。「神の国は、人の目で認められるようにして来るものではありません。
21節
『そら、ここにある』とか、『あそこにある』とか言えるようなものではありません。いいですか。神の国は、あなたがたのただ中にあるのです。
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20節2行目から、「・・・『神の国』は、人の目で認められるようにして来るものではありません。」とあります。

 

また、21節1行目から、「『そら、ここにある』とか、『あそこにある』とか言えるようなものではありません。・・・」とあります。

 

ローマ人への手紙14章17節に、次のように書かれています。
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17節
なぜなら、神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです。
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1行目から、「なぜなら、神の国は・・・『義と平和と聖霊よる喜び』だからです。」とあります。

 

ルカの福音書17章20節(上記)に、「・・・神の国はいつ来るのか・・・」とありますが、神の国が来る、というのが、『義と平和と聖霊による喜び』が来る、ということだとすると、「人の目で認められるようにして来るものではありません」、と言うことができると思います。

 

また、「『そら、ここにある』とか、『あそこにある』とか言えるようなものではありません」、と言うことができると思います。

 

『義と平和と聖霊による喜び』は、人の目で見えるものではないからです。

 

「『神の国』はあなたがたのところに来ている」というのは、どのようなことであると考えられるのか、と言いますと、それは、『義と平和と聖霊による喜び』があなたがたのところに来ている、ということであると考えられます。

 

そして、『義と平和と聖霊による喜び』がイエスのうちにあり、エスが「あなたがたのところ」にいるので、「もう神の国あなたがたのところに来ているのです」(マタイ12:28、上記冒頭)、ということだと思います。

 

その2、に続きます。