『新改訳聖書』第3版の詩篇30篇3節に、次のように書かれています。
***
3節
主よ。あなたは私のたましいを*よみから引き上げ、
私が穴に下って行(い)かないように、
私を生かしておかれました。
* →詩六・五*
***
1行目から、「・・・あなたは私のたましいを*よみから引き上げ、私が穴に下って行(い)かないように、私を生かしておかれました。」とあります。
「あなたは私のたましいをよみ(シェオル)から引き上げ・・・ました」という言葉から、「私のたましい」は「よみ(シェオル)」にあった、と言うことができます。
つまり、「私のたましい」は「よみ(シェオル)」に下って行った、ということです。
2行目から、「私が穴に下って行(い)かないように、私を生かしておかれました。」とあります。
この言葉から、「私」は「『穴』に下って行(い)」くことはなかった、と言うことができると思います。
『穴』に下って行(い)くことがなかったのは、「あなた」すなわち「主」が「私のたましいを『よみ(シェオル)』から引き上げ」てくださったから、と言うことができます。
つまり、『よみ(シェオル)』には下って行ったが、『穴』には下って行かなかった、ということになると思います。
このことから、『よみ(シェオル)に下る』ということと、『穴に下る』ということは、同じことではない、と言うことができると思います。
その2、に続きます。