「よみ」について その3の1

新改訳聖書』第3版のエゼキエル書32章24節に、次のように書かれています。
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32章24節
そこには、エラムがおり、そのすべての群集もその墓の回りにいる。彼らはみな、刺し殺された者、剣に倒れた者、割礼を受けないで地下の国に下った者、生ける者の地で恐怖を巻き起こした者たちである。それで彼らは穴に下る者たちとともに自分たちの恥を負っている。
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「そこには」というのは、「穴の奥のほう」(23節)には、のことか、あるいは「その墓の回りに」(22節など)は、のことと思われます。

 

「『穴の奥のほう』には、エラムがおり、そのすべての群集もその墓の回りにいる。・・・」か、あるいは、「『その墓の回り』には、エラムがおり、そのすべての群集もその墓の回りにいる。・・・」となります。

 

「そこには」というのが、「その墓の回りに」は、のことだとすると、「アッシリヤとその全集団」、および「エラム」と「そのすべての群集」が「その墓の回りに」いる、ということになります。

 

「アッシリヤとその全集団」が「その墓の回りに」いる、ということについては、22節(その1の2、冒頭)をご覧ください。

 

24節2行目から、「・・・彼らはみな、刺し殺された者、剣に倒れた者、割礼を受けないで地下の国に下った者、生ける者の地で恐怖を巻き起こした者たちである。・・・」とあります。

 

「彼ら」というのは、「エラム」と「そのすべての群集」のこと、と言うことができます。

 

「彼ら」に「エラム」と「そのすべての群集」を当てはめると、2行目からは、「・・・エラムとそのすべての群集はみな、刺し殺された者、剣に倒れた者、割礼を受けないで地下の国に下った者、生ける者の地で恐怖を巻き起こした者たちである。・・・」となります。

 

「刺し殺された者、剣に倒れた者」たち、という点については、「アッシリヤとその全集団」の場合と同じです。22節と23節(その2の1、冒頭)をご参照ください。

 

また、「生ける者の地で恐怖を巻き起こした者たち」、という点についても、「アッシリヤとその全集団」の場合と同じです。23節をご参照ください。

 

しかし、「割礼を受けないで地下の国に下った者」たち、という点については、「アッシリヤとその全集団」の場合とは違い、22節と23節には、それについて書かれていません。

 

その3の2、に続きます。