「散らす」について その1

新改訳聖書』第3版のエゼキエル書6章8節に、次のように書かれています。
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6章8節
しかし、わたしは、あなたがたのある者を残しておく。わたしがあなたがたを国々に追い散らすとき、剣をのがれた者たちを諸国の民の中におらせる。
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1行目から、「・・・わたしがあなたがたを国々に追い散らすとき、剣をのがれた者たちを諸国の民の中におらせる。」とあります。この中の「剣をのがれた者たち」というのは、だれのことでしょうか。あるいは、どのような者たちのことでしょうか。

 

エゼキエル書6章2節と3節に、次のように書かれています。
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2節
「人の子よ。あなたの顔をイスラエルの山々に向け、それらに向かって預言して、
3節
言え。
 イスラエルの山々よ。*神である主のことばを聞け。神である主は、山や丘、谷川や谷に向かってこう仰せられる。見よ。わたしは剣をあなたがたにもたらし、あなたがたの高き所を打ちこわす。

 

* エゼ六・三、一一「神」の子音字は「

 

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3節4行目から、「・・・わたしは剣をあなたがたにもたら・・・す。」とあります。

 

「あなたがた」というのは、「イスラエルの山々」か、もしくは、「山や丘、谷川や谷」のことではないか、と考えられます。

 

イスラエルの山々よ。神である主のことばを聞け。」とあって、「神である主は、山や丘、谷川や谷に向かってこう仰せられる。」とあります。3節3行目の「・・・こう仰せられる。」のあとで、「神である主」は「山や丘、谷川や谷に『向かって』」仰せられている、と言うことができると思います。「神である主」は「山や丘、谷川や谷に『向かって』」仰せられているとすると、「あなたがた」というのは、「山や丘、谷川や谷」のことではないか、と思われます。

 

2節から3節にかけても、「(2節)・・・それらに『向かって』預言して、(3節)言え。・・・」とあります。したがって、「あなたがた」というのは、「イスラエルの山々」のことである可能性はありますが、「少し離れている」という理由で、ここでは、「イスラエルの山々」のことではなく、「山や丘、谷川や谷」のことである、と考えて話を進めます。

 

同書6章4節から7節までに、次のように書かれています。
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4節
あなたがたの祭壇は荒らされ、あなたがたの香の台は砕かれる。わたしはあなたがたのうちの刺し殺された者どもを、あなたがたの偶像の前に投げ倒す。
5節
わたしは、イスラエルの民の死体を彼らの偶像の前に置き、あなたがたの骨をあなたがたの祭壇の回りにまき散らす。
6節
あなたがたがどこに住もうとも、町々は廃墟となり、高き所は荒らされる。あなたがたの祭壇は廃墟となり、*罪に定められる。あなたがたの偶像が砕きに砕かれ、あなたがたの香の台は切り倒され、あなたがたのしたわざは消し去られ、

 

* 幾つかの古代訳は「荒れ果てる」

 

7節

刺し殺された者があなたがたのうちに横たわるとき、あなたがたは、わたしがであることを知ろう。
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5節2行目に、「・・・あなたがたの骨・・・」とあります。「山や丘、谷川や谷」を、文字通りのものと考えると、「あなたがたの骨」は「山や丘、谷川や谷の骨」となり、理解しにくいものとなります。この「山や丘、谷川や谷」というのは、何らかの『人』をたとえたものである、と考えると容易に理解できるのではないでしょうか。

 

その2、に続きます。