「右の座」について その1

新改訳聖書』第3版のマタイの福音書26章64節に、次のように書かれています。
***
64節
エスは彼に言われた。「あなたの言うとおりです。なお、あなたがたに言っておきますが、今からのち、人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見ることになります。」
***

 

2行目から、「・・・今からのち、人の子が、力ある方の『右の座』に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見ることになります。」とあります。

 

「『人の子』が、力ある方の右の座に着」く、ということが言われています。

 

へブル人への手紙10章12節と13節に、次のように書かれています。
***
12節
しかし、キリストは、*罪のために一つの永遠のいけにえをささげて後、神の右の座に着き、

 

* あるいは「罪のために一つのいけにえをささげて後、永遠に神の右の座に着き」

 

13節
それからは、その敵がご自分の足台となるのを待っておられるのです。
***

 

12節に、「・・・キリストは、*罪のために一つの永遠のいけにえをささげて後(のち)、神の『右の座』に着き、」とあります。

 

「神の『右の座』」に着くのは、『キリスト』であることが分かります。

 

へブル人への手紙1章3節に、次のように書かれています。
***
3節
御子(みこ)は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者(たいのうしゃ)の右の座に着かれました。
***

 

1行目から、「御子(みこ)は・・・すぐれて高い所の大能者(たいのうしゃ)の『右の座』に着かれました。」とあります。

 

「大能者(たいのうしゃ)の『右の座』」に着かれたのは、『御子(みこ)』であることが分かります。

 

その2、に続きます。