「大水」について その1

新改訳聖書』第3版の詩篇69篇9節に、次のように書かれています。
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9節
それは、あなたの家を思う熱心が私を食い尽くし、
あなたをそしる人々のそしりが、
私に降りかかったからです。
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1行目から、「・・・あなたの家を思う熱心が私を食い尽くし・・・た・・・」とあります。

 

「あなた」というのは、69篇5節と6節の記述より、「神」のこと、と言うことができます。

 

69篇5節と6節は、次のようになっています。
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5節
神よ。あなたは私の愚かしさをご存じです。
私の数々の罪過は、あなたに隠されてはいません。
6節
万軍の神、主よ。あなたを待ち望む者たちが、
私のために恥を見ないようにしてください。
イスラエルの神よ。あなたを慕い求める者たちが、
私のために卑しめられないようにしてください。
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5節の「あなた」というのは、「神」のことと、また、6節1行目の「あなた」というのは、「万軍の神、主」のことと、また、6節3行目の「あなた」というのは、「イスラエルの神」のことと言うことができます。

 

おおむね、「あなた」というのは、「神」のことと言うことができると思います。

 

7節の「あなた」も、9節の「あなた」も同様です。つまり、おおむね「神」のことと言うことができる、ということです。

 

そうすると、「・・・あなたの家を思う熱心が私を食い尽くし・・・た・・・」(9節、上記冒頭)は、「・・・『神』の家を思う熱心が私を食い尽くし・・・た・・・」となります。

 

「私」は、熱心に『神』の家を思っている、と言うことができると思います。

 

ところで、69篇9節(上記冒頭)の「私」というのは、誰のことであると考えられるでしょうか。

 

1節の前に、「ダビデによる」とあります。「私」というのは、ダビデ」のことなのでしょうか。

 

ヨハネ福音書2章13節から17節までに、次のように書かれています。
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13節
ユダヤ人の過越しの祭りが近づき、イエスエルサレムに上られた。
14節
そして、宮の中に、牛や羊や鳩を売る者たちと両替人たちがすわっているのをご覧になり、
15節
細なわでむちを作って、羊も牛もみな、宮から追い出し、両替人の金を散らし、その台を倒し、
16節
また、鳩を売る者に言われた。「それをここから持って行(い)け。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」
17節
弟子たちは、「あなたの家を思う熱心がわたしを食い尽くす」と書いてあるのを思い起こした。
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17節に、『弟子たちは、「あなたの家を思う熱心がわたしを食い尽くす」と書いてあるのを思い起こした。』とあります。

 

弟子たちが思い起こした「あなたの家を思う熱心がわたしを食い尽くす」という言葉は、詩篇69篇9節(上記冒頭)の言葉である、と言うことができる思います。

 

弟子たちは、15節と16節に書かれていることをイエスがなさったのを見て、「あなたの家を思う熱心がわたしを食い尽くす」と書いてあるのを思い起こした、と読むことができます。

 

その2、に続きます。