「怒り」について その7

新改訳聖書』第3版のエレミヤ書21章全体を読んでも、同章12節(その5、後半)下から3行目の、「・・・あなたがたの悪行(あくぎょう)・・・」、すなわち、『ダビデの家』の悪行(あくぎょう)というのが、どのようなものであるのかについては書かれていません。

 

そこでほかの章を見ると、例えば、19章3節から5節までに、次のように書かれています。
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3節
言え。『ユダの王たちとエルサレムの住民よ。のことばを聞け。イスラエルの神、万軍のは、こう仰せられる。見よ。わたしはこの所にわざわいをもたらす。だれでも、そのことを聞く者は、耳鳴りがする。
4節
彼らがわたしを捨ててこの所を見分けがつかないほどにし、この所で、彼らも彼らの先祖も、ユダの王たちも知らなかったほかの神々にいけにえをささげ、この所を罪のない者の血で満たし、
5節
バアルのために自分の子どもたちを全焼のいけにえとして火で焼くため、バアルの高き所を築いたからである。このような事は、わたしが命じたこともなく、語ったこともなく、思いつきもしなかったことだ。
***

 

4節から5節にかけて、「(4節)彼らがわたしを捨ててこの所を見分けがつかないほどにし、この所で、彼らも彼らの先祖も、ユダの王たちも知らなかったほかの神々にいけにえをささげ、この所を罪のない者の血で満たし、(5節)バアルのために自分の子どもたちを全焼のいけにえとして火で焼くため、バアルの高き所を築いたからである。・・・」とあります。

 

この中の、「この所で、彼らも彼らの先祖も、ユダの王たちも知らなかったほかの神々にいけにえをささげ、この所を罪のない者の血で満たし、バアルのために自分の子どもたちを全焼のいけにえとして火で焼くため、バアルの高き所を築いた」、というのは、『悪行(あくぎょう)』と言えるのではないでしょうか。

 

19章4節から5節にかけて書かれているのと似たようなことが、7章にも書かれています。

 

エレミヤ書7章30節と31節に、次のように書かれています。
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30節
それは、ユダの子らが、わたしの目の前に悪を行ったからだ。の御(み)告げ―彼らは、わたしの名がつけられているこの家に自分たちの忌むべき物を置いて、これを汚(けが)した。
31節
また自分の息子、娘を火で焼くために、ベン・ヒノムの谷にあるトフェテに高き所を築いたが、これは、わたしが命じたこともなく、思いつきもしなかったことだ。
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19章5節(上記)と7章31節が似ています。

 

7章31節1行目から、「また自分の息子、娘を火で焼くために、ベン・ヒノムの谷にあるトフェテに高き所を築いた・・・」、とあります。

 

これと似たようなことが、19章5節(上記)に書かれています。

 

19章5節(上記)1行目から、「バアルのために自分の子どもたちを全焼のいけにえとして火で焼くため、バアルの高き所を築いた・・・」、とあります。

 

「自分の息子、娘を火で焼くため」(7章31節、上記)と、「自分の子どもたちを・・・火で焼くため」(19章5節、上記)とは、よく似ており、ほぼ同じと言うことができます。

 

「高き所を築いた」は、両節にあります。

 

両節に書かれていることは、『悪行(あくぎょう)』と言えるのではないでしょうか。

 

その8、に続きます。