「戦い」について その3

また、『新改訳聖書』第3版のエレミヤ書32章1節と2節に、次のように書かれています。
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1節
ユダの王ゼデキヤの第十年、すなわち、ネブカデレザルの第十八年に、からエレミヤにあったみことば。
2節
そのとき、バビロンの王の軍勢がエルサレムを包囲中で、預言者エレミヤは、ユダの王の家にある監視の庭に監禁されていた。
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ユダの王ゼデキヤの第十年には、「バビロンの王の軍勢がエルサレムを包囲中で」あった、ということが分かります。

 

この32章でも、『疫病』を思わせることは書かれていません。

 

バビロンの王の軍勢がエルサレムを包囲中のときには、『疫病』は無かったのではないか、と思われます。

 

『包囲中』に『疫病』は無かったのではないか、ということについては、「疫病」について、の「その1」(2022-04-28)から「その3」(2022-04-28)までを参照していただけたら、と思います。

 

現時点では、バビロンの王の軍勢がエルサレムを『包囲中』のときには、『疫病』は無かった、と考えています。ユダの王ゼデキヤの時代には、です。

 

エレミヤ書21章5節と6節(その2冒頭)の記述から、「わたし自身が・・・あなたがたと戦」うとき、「彼らはひどい疫病で死ぬ」、と思われます。

 

言い換えると、「彼ら」すなわち「人間と獣」が「ひどい疫病で死ぬ」(エレミヤ21:6、その1・その2冒頭)のは、ご自身が「あなたがた」、すなわち「マルキヤの子パシュフルと、マアセヤの子、祭司ゼパニヤ」(同21:1、その1後半)と戦われるときのことである、ということです。

 

そして、バビロンの王の軍勢が、エルサレムを『包囲中』に、『疫病』は無かったとすると、「わたし自身(すなわち、ご自身)が・・・あなたがたと戦」われるのは、『包囲中』のときのことではない、ということです。