「ネブカデレザル」について その10

新改訳聖書』第3版のエレミヤ書52章28節から30節までに、次のように書かれています。
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28節
ネブカデレザルが捕らえ移した民の数は次のとおり。第七年には、三千二十三人のユダヤ人。
29節
ネブカデレザルの第十八年には、エルサレムから八百三十二人。
30節
ネブカデレザルの第二十三年には、侍従長ネブザルアダンが、七百四十五人のユダヤ人を捕らえ移し、その合計は四千六百人であった。
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29節に、「ネブカデレザルの第十八年には、エルサレムから八百三十二人。」とあります。

 

これは、もちろん、「ネブカデレザルが捕らえ移した民の数」(28節)です。

 

「ネブカデレザルの『第十八年』」とあります。

 

エレミヤ書52章12節と13節に、次のように書かれています。
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12節
第五の月の*十日―それは、バビロンの王ネブカデレザル王の第十九年であった。―バビロンの王に仕えていた侍従長ネブザルアダンがエルサレムに来て、

 

* Ⅱ列二五・八「七日」

 

13節
の宮と王宮とエルサレムのすべての家を焼き、そのおもだった建物をことごとく火で焼いた。
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12節1行目から、「・・・それは、バビロンの王ネブカデレザル王の第十九年であった。・・・」とあります。

 

「それは」の「それ」というのは、「第五の月の十日」のことであり、「ゼデキヤ王の第十一年」のことです。エレミヤ書52章5節以降をご参照ください。

 

52章12節(上記)の記述より、「ゼデキヤ王の第十一年」の「第五の月の十日」は、「バビロンの王ネブカデレザル王の第十九年」である、ということが分かります。

 

ネブカデレザルが八百三十二人をエルサレムから捕らえ移したのは、「ネブカデレザルの『第十八年』」(29節、上記冒頭)ですから、それは、「バビロンの王ネブカデレザル王の第十九年」(12節)である「第五の月の十日」(同)よりも『前』である、と言うことができます。

 

極端な言い方をすると、「第五の月の『九日』」以前は、「ネブカデレザルの『第十八年』」であった、と考えることができると思います。

 

その11、に続きます。